漢方医学

未病

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未病

「未病」という言葉は、誰もが一度は耳にしたことがあると思います。そして、その定義は、程度の差こそあれ、似たようなことが言われていることが多いです。最近では、「未病」を標榜しているが、いったいどこが未病につながるだろうと考えさせられるような商品や知識がネットにあふれていて、残念でならないです。科学的に報告されたからと言って、十分な検証もせずに、それを鵜呑みにするのは大変危険です。

私は個人的に、今の科学で定められている定義は、感情的な要素、実験背景の条件の統一(例えば、ラットの細胞の培養に、牛や馬の血清を使うのは合理的でしょうか?この培養された細胞を使って得られた結果を、どのような条件下での人間の病態にあてはめたらよいのでしょうか?→科学論文の実験の条件をよく読んでみたら、ちぐはぐなところが沢山あって、どうしてこのような条件設定にしているのだろうと考えさせられます。その条件下で得られた結果は、いったいどういう意義をもつのかを考えさせられます)、環境的因子、目に見えない要素などを、盛り込む必要があると思っています。というのは、西洋医学は多くの要因を排除ないし無視してきた結果、今のような全体性からかけ離れたバラバラな医療システムを作り上げてきて、結果的に「未病」という状態を評価することも対処することもできないのです。

ある条件下でのエビデンスは、人の個性よりも優先されている、EBMに基づいた診療をする西洋医学とは違って、東洋医学では、その人の性格、メンタルや体質などを把握した上で、病態をみていきます。私は、10数年の臨床経験を経て、各個人はその人と家系特有な形質を持っており、それを無視して、EBMだけに基づいて診療をすると、目的とする結果(血圧は下がる、血糖値が正常化する、コレステロールの数値は下がる等々)は得られるかもしれないが、QOLが良くなることは極めて少ないように感じています(*ただし、明らかな病変があって、それによる不都合な症状がある場合は、その病変を西洋医学的手法で取り除くことにより、不都合な症状はとれることはあります。しかし、その治療にともなって喪失した機能や多臓器とのアンバランスの状態が残るとQOL は悪くなることがあります)。

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ここで「医師と医術」について、示唆に富んだ興味深い中国の故事をご紹介したいと思います。

中国の故事(文献「鹖冠子•世賢」)に医術に優れた名医「扁鵲」が登場し、魏王に、兄弟三人(三人とも医師)の中で、誰が一番優れているかを尋ねられるくだりがあります。

魏王が尋ねた。「兄弟3人の中、誰の医術が最も優れているのだ?」
扁鵲:「上の兄が最も優れ、下の兄が次、私は最も劣っています。」
魏王は更に「ではなぜお前が一番有名なのだ?理由を言ってみろ。」
扁鵲:
「上の兄の治療は、病症がまだ現れない時にそれを治してしまいます。普通の人は彼が先に病気の原因を取り除いた事がわかりません。彼の腕の良さは私たち家族しかしりません。」

「下の兄の治療は、病気の初期段階で治します。普通の人は大した病気ではなかったと思い、彼の名は地元の人に知られているだけです。」

「私の治療は、病状が深刻になってから治します。針を打ったり瀉血したり、薬を使ったり、薬の説明をしたり、肉を割いたり骨を切ったりします。その作業が大きいため、普通の人は私の医術が優れていると誤解します」

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この故事は、「上級医は未病、下級医は大病を治療する」ということを示唆していますが、「未病」の状態で望ましい治療(予防)を受けるには、治療する側(前者)も治療を受ける側(後者)も共に、その認識と努力が必要です。外傷や急性病変などの大病は例外として、小さな病変を放置して大病を発症した場合は、後者の自己責任は大きいです。その場合でも、「扁鵲」のような名医にかかれたら、まだラッキーかもしれません(^^;

西洋医学では、最近になってようやく「予防医学」が盛んに言われるようになりましたが、東洋医学では大昔から「未病」という状態を把握することを大事にしてきました。

では、実際には、どのように「未病」の状態を把握したらよいでしょうか?

残念ながら、現時点では、それを「的確」かつ「わかりやすく」把握できる方法はあまりないようです。数少ない方法の中で、「オベロン」のような「波動測定器」は、各臓器の機能を可視化してくれますので、現代人にはわかりやすいです。測定時点での「未病」状態の評価を提示してくれますので、ご自分の体の脆弱な臓器や部位を知ることができます。それを把握した上で日々の生活や活動を送ることが出来れば、病気になりにくい体を作ることができ、それが自然と「未病」につながっていきます。

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